柳生の宿敵は忍び

子供の頃は山の麓のような団地で暮らした。縦の道は結構な坂道。道路を挟んだ向こう側の家は石垣の上に建っている。石垣がドンドン並んで縦にドンドン高くなっていくのが桜ヶ丘団地の特色。グレイシー柔術を学ぶ為に何度も行ったサンフランシスも坂の街。街並みはアメリカだったけど、坂道の縦と横の関係は同じで懐かしかったのを思い出す。

引越した時に石垣に目がいった。子供は石垣とかあると登ってみたくなるのだろう。幼稚園の頃には足をかけるだけ、小学校になると一歩二歩と登れるようになって、大きくなると上まで登れるようになる。上手い具合に石垣の上の土地はずっと空き地のままだった。

普通は小学校までしかそういう遊びはやらない。何故だか好きだったのです。高校生になると僕は再び石垣を登り出す。高校生だから手は使わないで、足だけで駆け上る。プロレスラーを目指してロードワークしてから石垣登りを始める。

　何となくやっていたこの運動はとても体に良い運動だった。高校生がしょっちゅう石垣を駆け上ると上達が早い。それ以外にもプロレスラーを目指して体を鍛えていたから上達が早い。高い石垣を2歩か3歩足を着いて駆け上がれるようになったのは高校生の終わりの頃。これが出来ると足をかける小さな何かがあれば、壁でも何でも駆け上がれるようになる。家の屋根まですっと登ることが高校生の僕には簡単な動きになった。

それから大分経ってプロの格闘家を引退して武術を学んで少しした頃に、偶然服部半蔵の子孫と言うお爺さんに会ったことがある。僕が武術をやっていると知ると、実は僕は服部半蔵の子孫なんですよ。品の良い笑顔で教えてくれて、こんな話を聞かせてくれた。

うちの爺さん、その人もお爺さんだから明治の時代を暮らした人だろう。江戸から明治に時代が移った頃の服部半蔵の子孫になる訳です。

「うちの爺さんは年を取っても元気でね。」

「これが忍者なんだって言いながら。」

家の屋根まですっと駆け上るんですよ。

そう僕が高校生の頃にやっていた運動その物だ。

柳生心眼流の師匠が聞かせてくれた話がある。柳生の最大の宿敵は忍びだったと聞かせてくれた。忍びは戦わない、向かい合えば必ず逃げる、必ず高い場所に逃げる。追っ手が追い付けない程の高さまで悠々と飛び移る。逃げた忍びは逃げっぱなしではない。見えない場所に身を隠し、気配を消してついて来る。家までついてきて家を突き止めると帰ってゆく。後日改めて隙を見つけて殺しにくる。忍びには流石の柳生も苦戦したと口伝に残されている。高校生の頃、知らないままに宿敵の稽古をしていたのだ。忍びは葦を植えその成長に合わせて跳び越える訓練をすると何かの本で読んだ事がある。（これが可能かは分からない、葦の成長はとても早いのです。）でも忍びの技の1つに高い場所に移動する物があり、それが忍びの特色なのだろう。だから服部半蔵の子孫のお爺さんの記憶に残っていたのだろう。

しょうがく6年の時に近くの山を崩して小学校が開校した。それまでは坂道をくねくね歩いて隣の学区の小学校まで歩いて通っていた。まだまだ家は立っていなくて空き地を寄り道して遊びながら毎日歩いた。団地の周りは自然しかないから、遊ぶのは外で探検ごっことかやって遊んでいた。昔の少年のような遊びばかりがきっとのちに武術を学ぶ時に役に立っていたと今は感謝の気持ちになる。小学校を建てる為に山を切り崩し、同時に周囲の山も削って団地が広がった、元々山なので何もしないで、山の奥まで行けるようになった。

新しく出来た団地の向こう側は、崖になっていて下には小川が流れている。ある日誰かが降りてみた、小川は子供を惹きつける。小川には小魚や川海老がうじゃうじゃいたらしい。

僕たちは崖の危険も顧みず、そこに降りた。小川には今まで人が来たことなんてないのだろう。ざるで掬うとうじゃうじゃ小魚や川海老が捕れる。これは楽しい。僕たちは毎日崖を降りて、獲物を捕ってまた崖を登るようになった。小川は裸足で歩く。小川に沿って歩けば山の奥まででも簡単に行ける。小川に沿って戻れば迷うこともない。毎日が楽しくくてしょうがなかったな。毎日こういうことをやって遊べば体は自然の力をもらって成長してゆく。武術を学んで、昔の人が本当の武術をやっていた時代の暮らしに隠れた武術の秘密があると師匠から何度も聞かせて頂いて、ある日気がついた。僕は幼い頃から似たような時間を遊びながら過ごしていたんだなと。武術の細かな動きが僕には都会で育った人よりも見える。それは幼い頃に遊んでた時間がくれた宝物だったりする。