お風呂の時間の予習

　果物を食べる前に入るお風呂も、もしかしたら風邪をひかなかった理由かも？等と思い返したりします。小学6年生の僕はお風呂の中で色々考えるのが大好きな不思議な少年でした。長い時には1時間とかお風呂に入ります。僕は目の前に無い物をお風呂の中で想像するのが大好きだったのです。知らない場所に行ってみたり、テレビでしか見たことがない美味しい食べ物を食べる想像をしたり。いつもそんな想像の遊びをしてると段々想像をする力が上達してきます。本当にその場所にいるような感じがしたり、美味しい食べ物を想像すると口の中に想像の味が広がったり。嘘のようですが僕は今でも出来ます。

　考えてみれば、この遊びが僕を助けてくれる武器になった気がします。格闘技の技を覚える時に想像して実際に覚えるまでの時間が僕は元々早いのです。目で見た物を頭の中で処理して実際の動きに投影する。この誤差が少なければ良い動きになります。ボクシングはシャドーボクシングでどれだけ実際に近い感覚で動けるのか？実際のパターンをシャドーボクシングでどれだけの種類をやっているのか？そこに強さの秘密が隠れています。シャドーボクシングがいくら素早くて強くとも、試合では同じに出来なければ意味がありません。その誤差は想像力をいかに練習で動かして試合に備えるかでもあるのです。

　格闘技のプロだけで生活が成り立つまで僕はコックのバイトをしていました。この時にも僕は調理をしながら味見をしないでも口の中で味を感じることが出来ました。僕はずっとバイトでしたが正社員にはない特典がありました。当時はバブルの時代。新しい美味しい物がどんどん出て来た時代に僕はイタリアンレストランでコックのバイトをしていました。始めて目にするイタリアンの食材と調味料に僕は悪戦苦闘でした。ところがある日を境にイタリアンの食材と調味料に慣れたのでしょう。料理を見たら大体の味付けが分かるようになって、1度食べたら味の再現が出来るようになっていました。

　この特技は正社員のコックさんにはありませんでした。バイトしていた店では僕だけの特技。だからバブル時代の好景気もあってアルバイトの僕にだけの特権が与えられました。美味しそうなレストランで食事をしてよいのです。食事の料金は領収書でバイト先から支給されます。こんな美味しい料理があるので食べに行って来ます。その料理が店の新しいメニューとしての価値があれば、外食の許可が下ります。当時は得だなとしか思ってませんでしたが、こう言った特殊な能力を持つ人が一流のシェフになれる訳です。スポーツや格闘技も同じで実際にやらないでも見ただけで同じことが出来る人は、見ただけで体の内部にまで感覚が通じて、動かなくとも想像で同じことが出来るのだと何かのテレビ番組で観たことがあります。

　小学生だった僕は全くの偶然で毎晩お風呂でその能力の練習をやっていたことになります。レストランでバイトをして食べたことも無いどころか、見た事も聞いた事も無いようなイタリアンの食材に初めは悪戦苦闘して、分かったこと、普通に食べて記憶すればイタリアンでも日本の食材と調味料と同じように頭の中で味が分かるようになること。

この発見はグレイシー柔術を学んだ時に、そして古流武術や施術を学んだ時に大きな自信と力をくれました。身につけたい対象を構成している要素を1つ1つ経験して身につける。これは時間がかかります。それでもやって出来ないことなど決してない。僕は何度もそんな経験をしてるうちに物事の学び方を自分なりに作りだしていました。構成する要素を身につけたら今度は重ね方を経験してまた身につける。この繰り返しをさぼらず丁寧に繰り返す。

　そうするとある日突然、繋がる時間がやって来ます。色々教えていて覚えが悪い人は繋がった結果だけを見て追いかける傾向があるように感じます。大切なのは繋がっている前の構成している要素とその1つ1つの繋がり方だと思います。

格闘技でも武術でも施術でも目に見える動きは1つ、それを構成している動きはいくつにも分解出来る。腕の動き指の動き、腰のすえ方等沢山あります。なるべく細かく構成している物をなるべく詳細に分解して正しい動きを発見して身につける。次に正しい動きの繋がり方を発見して身につけます。そうすると全体の動きが変わります。細かく分解して、正しい繋げ方を知ればいくらでも変化と応用が効きます。これが僕の発見した物事の覚え方です。

　思い返すと小学6年生の冬のお風呂の中ですでに予習していた訳です。人生にはおそらくたった一つも無駄はないのでしょう。予習が終ればお母さんが用意してくれた美味しい果物を妹と一緒に食べて楽しい時間のまま布団に入って眠る。寝ている間に思考が整理されて次の日にはまた新しい知識を学びやすい脳の状態になっている。その年の冬、僕は一度も風邪をひかなかった。次の春中学生になった僕は、憧れを手に入れて自分だけの道を歩み始めます。

　憧れはどんどん変わっていきます。これもまた人生の素敵なプレゼントなのかもしれません。そう思える時間の過ごし方はなかなか素敵なものです。